
私たちの身近なところに居るボラ
この魚、ボラを思うとき、私の心はざわざわと落ち着かない。日の届く浅い海に棲(す)み、湾から湾へ移動するだけでなく、河口から川にも入る。市中の川や漁港の排水溝、コンクリートで固められた都会の岸壁でさえ、ふと目を海にやると、水面や水底にワラワラと群れ、時には全身が露(あら)わになるほど跳躍してはその音が響く。そして彼らは、いつ見てもほとんど、パクパク口を動かし何かを食べている。特に意地汚いのではなく、そういう習性なのであって、泥やゴミから餌をえり分けるための、鶏の砂肝のような“ボラのへそ”と呼ばれる器官が胃袋の前に発達している。
身近なところに居るボラが、泥や屑(くず)を食う姿を眺めて人はボラは臭い、汚い、食えないと決め込んでいるわけだが、そもそも、人間の文明がかくも発達し、山川草木海岸海洋を犯す以前には、全国各地でおいしい魚であったし、冬に河口に集うボラを狙った釣りは土地の風物でもあった。無責任にもそれを台無しにしたのはわれわれ人間ではなかったのか。
当然ながら魚は食べる餌によって味を変えるもので、昔から「夏のボラは臭いが、冬は旨(うま)い。“寒ボラ”にかぎる」と貴ばれてきた歴史があるが、それは自然界の摂理によること。学生時代、都市を流れる川で捕らえて食ったボラの味が、まるで工作用の粘土を舐(な)めたような不快さであったこととは、意味がまるで違うのである。
寒ボラの旨さは、それはそれは他をもって代え難く、香りよく、コクの深い脂をのせ、皮付きで炙(あぶ)ったもの、そぎ切りを洗いにしたものなど実に深い味わいだし、この卵巣を塩して干したのがカラスミであって高級志向の人は喜ぶ。が、しかし、その親は眼前に泳いで嫌われている魚だと知る人がどれほどいるのだろうか。つまり旨いボラが在り続けるのは人間の心の在り方次第。便利を求めた人の業(ごう)は魚の味になって帰ってくる。臭いボラを食ってわが身を振り返るのも、旨いボラを味わい深く頭を垂れるのも、時には必要な薬かもしれぬ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。