上から押しつぶされたような姿のマゴチ
梅雨の合間に日が差すと、どういうわけかこの魚を思い出す。幼少の頃、キス釣りをしていてこれが釣れて驚き、親は吸い物に良いと喜んだが、爬虫類(はちゅうるい)のような面構えに気味が悪くて食わなかったその日も、梅雨明け前の蒸し暑さだった。
上から押しつぶされたような姿の魚で、仲間に中型のメゴチやイネゴチ、もっと小さく天ぷらになるネズミゴチがいるが、本命に敬意を表してマゴチと呼ぶ。その容貌から「笏(しゃく)」の字を当てるが、これは元来、骨でできていて「コツ」と発し、それになぞらえたと古書にある。笏とは聖徳太子が持ってるアレだ。
ヒラメが産卵を終えて身が痩せる頃、いくつかの白身魚が肥えてくる。マコガレイ、キジハタ、そしてマゴチだ。沖の日差しに照らされて、生きたクルマエビやハゼを餌にジッと待つ沈黙が続く中、突如として訪れる引きこみのときめき。刹那、大きく竿(さお)を上げて針に掛けたときの、腕に伝わる重さと胸の鼓動。これが鮨屋(すしや)で食ってるだけでは味わえないコチ味なのだ。
皮は硬く厚いが、湯に通すとやわらかくなり味がある。剝(む)けば白身は透き通るようなやわらかい肌色で、薄く皿に盛りつけた様をもって〝夏フグ〟などという人もいる。して味やいかに。似てはいても、これはフグというよりコチの個性。強すぎない歯応えと甘味、かすかな日なたの香り。もう少し厚く切るほうがよかったかなどと思いつつ、ネギ乗せポン酢にちょいと浸して嚙(か)みしめれば、夏が近づく気配がする。
刺し身もさることながら、こやつの真骨頂は粗にあるので意識を椀(わん)に集中するがよろしい。残った背骨を香ばしく炙(あぶ)る傍ら、胸のところのカマを切り分け、頭を半割にして洗い水を切る。背骨と昆布でダシを取り、骨を取り出したら、粗を入れて静かに火を通す。塩で調えて椀に盛ったなら、ここに身の薄切りを横たえるのだ。これがコチの三段ダシ椀。一口すすれば全身を滋養が駆け巡る。もうすぐ梅雨が明ける。コチの季節はすぐそこだ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。