「常磐もの」二大高級魚の一つのノドグロ
東北の大震災があったのは平成23年。あれから10年がたった。人は体に傷を、心に絶望を突き付けられ、それでも耐えて生きてきた。そして前海の魚介類もまた代を重ね、見事に復活を遂げたのだった。
津波だけではない。放射能情報があふれかえる中、福島の魚は長きにわたり、真偽を確かめずに忌避する道を人に選ばせる「風評」という妖怪によって、食卓から遠ざけられ、これを獲(と)り生業とする漁業従事者の暮らしを苦しめてきた。福島の魚は今、市場に常設された新鋭の計測機器と専属の担当者によって毎日全種類が検査されており、基準値を上回ったものが出れば、その魚種は全面出荷停止となる厳しい体制を敷いている。
しかし、物理的に「安全」と分かっていてもなお、心がおさまらない「安心」という問題が残るであろう。これを打ち消すのは何なのか。それは良心ある「人」だ。魚を食べてくれる人を自分の家族と同等に思い、親身になって安全を確保し安心を生む努力を続ける「人」の存在こそが、疑心を打ち砕き、魚と人をつなぐ。そのひとつの表現を料理という。福島の前海は、古くから親潮と黒潮がせめぎ合う豊饒(ほうじょう)の海域。ここに集まる回遊魚のみならず、陸から運ばれた栄養豊かな泥に根差して生きるカレイやヒラメ、メヒカリなどの底物の質が良く、総じて「常磐もの」と呼びならわしてきた。
中でも輝くのはヒラメとノドグロだ。称して常磐の二大高級魚。いずれも白身の魚だが、味わいの個性がまるで違う。ヒラメの透き通るような身は甘味をじわりと伝え、作り手にとって、いかようにも寄り添ってくれる上等な魚である。一方ノドグロ、本名アカムツはむっちりした白身に透明な脂のみならず、刺し身はもとより焼いても煮てもみずみずしい旨味(うまみ)のエキスを蓄えた比類なき野趣が持ち味だ。
人間はまことにいいかげんでややこしいものだが、魚はいつも正直に旨(うま)い。時代がどう変わろうとも、よりどころも希望もここにある。
「常磐もの」を使った絶品魚介料理が堪能できる食フェスイベント「発見!ふくしまお魚まつり」が11月19日~21日の3日間、東京都千代田区の日比谷公園で開かれる。全国各地の魚介料理が大集合する「第7回ジャパン フィッシャーマンズ フェスティバル~全国魚市場&魚河岸まつり~」との同時開催。
このイベントの目玉が、「ノドグロとヒラメの常磐もの丼」。白身魚の二大高級魚が一緒に味わえる夢のようなスペシャルメニューだ。
YouTubeチャンネル「ウエカツ流サカナ道一直線」で動画配信中。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。