クロダイの「焼きバター」「焼き切り」「潮(うしお)汁」(上から時計回りで)
タイといえば、赤くて平たい、祝いの膳に乗って、おめでたげなあの魚。大きく育ち鮮やか堂々のマダイをはじめ数種類がいる。が、実はここに色違いの連中が数種類加わる。クロダイを筆頭に、銀色が強くてヒレが黄色いキビレ、南方系のミナミクロダイ、もっと南の島のオキナワキチヌなど計6種。公家大名のようなマダイの赤に対して野武士のようないぶし銀がかっこいいこの仲間は「チヌ」と総称されており、比較的浅い海に棲(す)んでいる。時には餌を求めて川にものぼっていくので、泳いでいる姿を見かける身近な魚でもある。
磯や堤防のカニや貝類だけでなく、川から流れてくるスイカやカボチャなど、好き嫌いなくなんでもよく食べる見上げた魚なのに、これが災いし、地域によっては格下どころか敬遠される場合もある。何でも食うから悪食だというのだが、これは人間の勝手な言い分に過ぎない。たしかに餌や場所の影響を受けやすいが、なかなかどうして実はたいへん美味な魚なのだ。
マダイが産卵後に痩せて味を落とす夏、対して黒いタイは、味が良くなり、秋から冬にかけてさらに肥え、河口や港に池のコイのごとく泳ぐ姿を眺めていると、その味が連想されて〝コーフン〟を禁じ得ない。
その美味もさることながら、コラーゲン質が豊富なのが特徴で、たとえば炊き込みご飯などにすると、もっちりして、「米がうまくなる」と漁師は褒める。新鮮なものは、ぜひとも活け締め、血抜きをして刺し身。三枚におろしたら皮目を香ばしく焼いて冷やし「焼き切り」とする。ワサビも悪くないが、柚子胡椒があると風味が一層よろしい。塩焼きもいいが、焼き上がりの熱々にバターを軽く塗った「焼きバター」がよい。皮がもっちり、肉はしっかり、ここに醬油(しょうゆ)など垂らせば、もうこの魚の虜となろう。港に行ったら、そうっとのぞいて見てごらん。驚くほど大きなチヌたちが、のん気に餌を探してる。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。