市場にも時々、並ぶヤガラ
その体躯(たいく)、両腕を広げたほどの長さにて色は赤銅、大人の腕ほどの太さにもなる体の3分の1は、筒状のくちばし。ナゾナゾではないが、そんな魚が実在する。英名ロングトング、すなわち〝長火箸〟の異名をもつこの仲間を日本では「ヤガラ」といい、3種類ほどいる。ヤガラとは矢の柄。鋭角的に細長い体つきは、なぞらえた字の如(ごと)しだ。
浅い海にいて細く小さく青っぽいアオヤガラ。サンゴ礁(しょう)に棲(す)み、くちばしが平たいヘラヤガラ。そしていちばん大きく食用となるのがアカヤガラで、沿岸から沖合にかけて、静かに一緒に泳いでいる小魚を長い口で吸いこみながら暮らすその姿は、冒頭に申し上げた通り、まさに奇天烈(きてれつ)。時々、市場で目にするたびに、なぜこんな形になってしまったのか理解に苦しむのだが、と同時に、既に知ってしまっているこの魚の旨(うま)さを妄想し、腹の底ではニヤリと笑う。
知る人ぞ知る美味なのでけして安くはないのだが、冬の一時期、餌の小魚とともに群れが固まり、日本海でも太平洋でも定置網にごっそり獲(と)れることがある。こうなるともう、天下の〝裏高級魚〟も手ごろ価格となり、魚屋もわが家もうれしいことこの上ない。
両側の身の中央に走る細い一列のゼイゴだけ切り外せば、ほかにウロコはない。堅いくちばしを大出刃でたたき切り、頭は二つ割りでダシをとる。三枚におろして薄造りの刺し身も優しい甘みとコシある食感が気持ちいいが、この魚は骨ごとぶつ切りにした料理が向いている。塩と酒少々、片栗粉をまぶして唐揚げもいいし、おもしろいところではアヒージョも絶品。しかしなんといっても鍋であろう。昆布ダシを熱し、具材は白菜と長ネギ、豆腐くらいにとどめ、ぶつ切りを投入したら、沸騰させないようにじっくり火を通す。そうして時期の橙(だいだい)を絞った醬油(しょうゆ)に浸して口にするヤガラの身は滑らかにして香りのよい、まさに姿も味もオンリーワンの傑作なのであった。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。