オレンジ色の「身」と呼ぶ卵巣ないし精巣を口に含めば...
世界を見渡すと、随分長きにわたり日本人だけがウニを食ってきた。あんな棘(とげ)だらけの生き物の内臓をほじって食うようなことを、たいていのものは食材にする中国ですらしていなかったのに、なぜだろう。縄文の時代から、島国に暮らす日本人の〝そこにあるものを食う試み〟という自然に寄り添う素直な気質が、そうさせたのかもしれない。ともあれ、今日おかげさまで、北はロシアから南はチリまで世界の沿岸にジャパニーズ水産ビジネスマンが奔走し、結果、世界のウニがわが国に流入するに至った。
品が良かろうが悪かろうが、いくら売ってもまだ売れる、ウニにはそのような魔味があるようだ。してその本質は、殻を割って胃や腸を除き、内側にへばりついているオレンジ色の「身」と呼ぶ卵巣ないし精巣を口に含めば、コクのある深い甘みを磯(いそ)の香が包みつつ、溶けゆくほどに鼻腔(びこう)に抜け、余韻の強いうま味を舌の奥に残す。確かに、このような味わいの類似をほかに思いつかないし、古人が「雲の丹」(霊験あらたかな丸薬)と当てたのも、当時の味覚世界からすれば言い得て妙、唯一無二だったのである。
近頃は「プリンに醬油(しょうゆ)をかけるとウニの味♡」などという情報も流れたが、むろん比すべくもない。この味は、いったいどこから生まれるのであろうか。この生物は実はかなり貪食(どんしょく)で、体の裏にある硬いくちばしで人間以上に何でもかじって食うのだが、ウニの産地に共通な餌は海藻だ。各地で生えるうまい海藻がうまいウニを生む。その海藻が海水温の上昇や藻食魚の増加で消えつつあるというのだから、いよいよウニは大切に食わねばならない。質が下がれば粗悪品も増える。今や需要は日本のみならず世界に広がって、「ウニ、クダサーイ」などと言っている。
しかし私は思う。安くて臭いウニなど食わなくてよい。10回我慢しても年に一度でもいいから、一粒の素晴らしいウニを食う。その記憶は何年も消えることはない宝、雲丹(うに)なのだ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。