長い胸鰭(むなびれ)が特徴の「ビンナガ」
どういうわけか、とかく日本人は、〝〇〇マグロ〟とつけたがる。ここに日本の権威主義的気質を見るわけだが、ともあれキハダマグロはキハダ、メバチマグロはメバチ、そして、このたび取り上げるビンチョウマグロはビンチョウなのかといえば、彼の本名は「ビンナガ」といい、「鬢長」と書く。マグロの中で唯一、尻のほうまで長く伸びた漆黒の胸鰭(むなびれ)を、長い「鬢」、すなわち武家が側頭部に生えた髪の毛を椿油でペッタリと撫でつけたアレになぞらえた古人の粋なセンスなのだ。
マグロ類の中で最も分布が広く、1.5メートルほどの小型だが、実はたいへんお世話になっている。マグロといえば、上等な赤身やトロに高値を投じる風潮の中、その陰で、ピンクの身をもつこのマグロは、ひたすら静かにわれわれの暮らしを支えており、その恩恵は世界中に及ぶ。そう、ツナ缶といえば、このマグロ。キハダを使うこともあるが、ビンナガのツナ缶こそがホワイトミートと呼ばれ、血の臭みなく、滋味深く、高タンパク。世は贅沢(ぜいたく)にあぐらをかいているが、このマグロこそがさりげなく日常の栄養と食卓を豊かにしていることを私たちは忘れてはならない。
それを脂がないからおいしくないなどと、お安くバカにしやがってと、わたくしは憤るのであります。ビンナガは、そのアクの無さゆえに、東西を問わず料理の幅が広い。血の気が少ないのでパンチが弱い半面、旨味(うまみ)が強いのが良さであって、まさに日本人本来の淡味を探る舌に適する。中華であれば刻んで香辛料、揚げビーフンと炒め合わせたレタス包みなどは上品な仕上がりとなる。豪州の漁師は、1センチほどに薄く切った身に塩コショウし、粉を打って油で焼き、これをマーマレードを塗ったパンに挟んで弁当としていたが、快哉(かいさい)を叫ぶ味わいがあった。和歌山や高知で釣られたビンナガは、生だとモチモチと口中にまとわりつく旨さ。料理人諸氏には大いに期待したくなる。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。