魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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食育専門家・浜田峰子の魚で元気な未来!

2018年5月25日
Column #015

泥鰌でスタミナ 残る江戸文化 魚の国 宝の国

これからジメジメと蒸し暑い梅雨がやってきます。先人の江戸っ子たちは、泥鰌(どじょう)料理を食べることでスタミナをつけ乗り切ってきました。皆さんは泥鰌を食べたことがありますか?

東京には、江戸時代から続く泥鰌を貴重なタンパク源として「柳川鍋」や「どぜう鍋」にして食べる食文化が残っています。柳川鍋は泥鰌とささがきゴボウを卵でとじたものです。どぜう鍋は甘辛い割り下に泥鰌を浮かべ、ネギをたっぷりのせて煮たものです。泥鰌は多種類のビタミンやミネラルとカルシウムをバランスよく豊富に含んでおり、疲労回復や滋養強壮効果はうなぎに匹敵するといわれています。

泥鰌を食べる文化は、東アジア共通のものです。日本各地でも食べられていますが、分布を調べてみると、海の魚が手に入りにくい内陸の地域で多く食べられてきたことがわかります。文献上、北海道から沖縄県まで日本全国で泥鰌を食した記録があり、これほど広い地域で食用とされてきた魚は珍しいです。泥鰌は湿った状態であれば土中でも生き続ける生命力の強い魚で、繁殖力もあるので、食用としてだけではなく、神事や祭事においておめでたい魚としてお供えされてきました。

全国でも泥鰌の専門の料理店が多数軒を連ねているのが東京です。浅草にある「駒形どぜう」をはじめ数々の泥鰌料理店があります。「どじょう」を東京で「どぜう」と表記するようになったのは、駒形どぜうの初代当主の発案であるという説があります。旧仮名では「どぢやう」や「どじやう」と書き、4文字は縁起が悪いから、「どぜう」にしたとされています。「どぜう」と書いても、「どじょう」と発音するのが東京ならではです。

東京オリンピックが近づき、世界の視線が集まる東京にはこのように江戸時代から受け継がれる興味深い食文化があります。お店によって代々受け継がれてきた味付けや特徴もそれぞれですので、食べ比べてお気に入りのお店を見つけてみてはいかがでしょうか。

江戸時代から続く食文化の「どぜう鍋」

浜田 峰子
はまだ・みねこ

食育専門家。「美味しく楽しく 笑顔は食卓から」をコンセプトに、食の専門知識を生かし水産庁の各種委員や調理師専門学校講師を務めるほか、本の執筆やTVコメンテーターとして各メディアで活動。食育セミナーや食を通じた地域活性化にも精力的に取り組んでいる。著書に「浜田峰子のらくらく料理塾」など。

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