漁船にたなびく色とりどりの大漁旗(たいりょうばた)には、漁師やその家族らの思いと伝統工芸を守る職人の技が込められています。大漁旗は、漁に出た漁船が帰港する際に船上に掲げて陸(おか)にいる家族に無事や大漁を知らせるための目印であり、漁師の信念の象徴とされています。豊漁や安全な航海の願いを込めて、船名と日の出や鯛、宝船などの縁起の良い絵柄が、海の碧(あお)、太陽の黄色、魔除けの赤など原色で、無線などがない時代から遠くからでも認識しやすいように描かれています。
江戸前と呼ばれる東京湾周辺にも、大漁旗を江戸時代から作り続けている染物店がいくつかあります。かつて江戸幕府の御用職人として幕府軍の幟(のぼり)を作っていた時代の技法が、今も受け継がれています。白い旗の生地に炭で下絵を描き、色を染める際に、白く残す部分と色が互いににじまないように境目に糊置(のりお)きをして防染(ぼうせん)をします。糊には昔からもち米と糠(ぬか)を煮たものが使われています。糊が乾いたら、筆や刷毛(はけ)を使って手染めしていきます。水洗、乾燥、仕立てをして完成です。おめでたい図柄なので、地域によっては出産祝いや子供の初節句に祝い旗として家に飾って縁起を担ぐ伝統もあります。
自然を相手にする漁業は、常に順風満帆とは限りません。時化(しけ)もあれば、凪(なぎ)もあり、大漁の時もあれば、不漁のときもあります。どんなときも諦めず、ときに命を懸けて海で働く人たちがいるからこそ私たちはおいしい海の幸を味わうことができるのです。
さて、約3年にわたって日本の豊かな海の幸のすばらしさを紹介してきた、このコラムもいよいよ帰港の時を迎えました。日本の水産業の発展と漁業者の皆さまのご安航と読者の皆さまのご健勝をお祈りする気持ちを大漁旗の記事に込めて、最終回といたします。本当にありがとうございました。
漁船にたなびく大漁旗
食育専門家。「美味しく楽しく 笑顔は食卓から」をコンセプトに、食の専門知識を生かし水産庁の各種委員や調理師専門学校講師を務めるほか、本の執筆やTVコメンテーターとして各メディアで活動。食育セミナーや食を通じた地域活性化にも精力的に取り組んでいる。著書に「浜田峰子のらくらく料理塾」など。