「プライドフィッシュ」に選定されている千葉・船橋の「瞬〆スズキ」
今年も梅雨入りが間近となった。ここ数年、雨の降り方も不順になって、降らぬと思えば集中豪雨。この雨が、いわゆる梅雨らしく順当にシトシト降ってくれることは、実は海や魚にとってまことに重要なのだ。
春の雪解けが終わり、じわじわと海水温が上がってゆくこの時期、梅雨の雨が日本列島全域にまんべんなく少しずつ降ってくれたなら、その水は山や川の栄養を海へと運ぶ使者となる。そして海では、植物プランクトンから始まる食物の連鎖によって、春に目覚めた魚たちが、いよいよおいしくなってくるという壮大な仕組みだ。
これは北海道から沖縄までの津々浦々において、変わることのない天の恵みなのである。もって「梅雨水呑(の)んで旨(うま)くなる」とは、先人漁師の経験から生じた達観といえよう。
冬から早春に産卵を終えて疲れ切った魚が、産後の肥立ちよろしく初夏に回復してくるさまは、魚屋の店頭でもありありと見てとれる。東京湾でもいくつかがそれにあたり、いわくマコガレイ、シャコ、アナゴなど。まさに「江戸前」と言われて思い浮かぶ横綱たちではないか。
そして、スズキ。スズキは“すすき”に通じ、銀白色のスラリとした体躯(たいく)、削(そ)ぎ身の白き美しさ、どれをとっても夏に清げなる要件を備えている。盛夏に向けてじっとりと皮目に脂を乗せて、あらゆる料理に寄り添ってくれる。その真価を知りたくば、まず薄塩を当てた切り身を1分ほど静かに茹(ゆ)で、刻みネギと酢醬油(じょうゆ)を少し垂らして食ってみるがよい。しっとりとした甘過ぎない肉からサラリとコクが出る。粗(あら)でこしらえる「潮(うしお)汁」のほのかな磯の香りは、あたかも海に抱かれる安らぎを与えるだろう。骨ごと輪切りにした「筒焼き」は、これまた野趣に富んだ香ばしさだ。
1960年代に始まった大規模な破壊に遭った海において、いくつか逆に増えた魚のひとつがスズキである。岩場や浜辺が直立護岸に変わってしまっても、スズキはそれに順応した。瀬戸内海や東京湾。かつて漁師が糸一本でスズキを釣って、それでわが子を学校にもやれた時代があった。風土に根差したモノとモノゴトの価値が輝いていた、そう遠くない昔である。初夏のスズキを嚙(か)むたびに、そんなことが去来する。今年もしっかり味わおう。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。