「プライドフィッシュ」に選定されている神奈川県の「湘南しらす」の釜揚げ
「シラス」って、そういう名前の魚なんでしょ、とおっしゃる方が増えてしまった昨今、「それはイワシ類の子供の総称であります」と申し上げておく。で、その親たるイワシは日本で3種類が獲れること、そしてそれぞれが幼少期にはシラスとして、大きくなるほどに煮干しにも加工され、また家庭の惣菜(そうざい)魚としても、古来より安くておいしい庶民の味方であることなどなど、ぜひともついでに覚えておいていただきたい。
3種のイワシは、それぞれ役どころがちがう。マイワシは30センチほどに大きく育つ横綱だ。梅雨の頃と冬にかけて肥え太り、通人をもって“入梅イワシ”“金太郎イワシ”と言わしめる味の実力をもっている。
ウルメイワシは、体に対して目が大きく潤んだように見えるのでその名があり、暖かい海を好むので脂が少なく鮮度が落ちやすい。したがい、一般的にはメザシや丸干しをかじって濃厚なダシ味を知る程度だが、実は獲れたての刺身にショウガ嚙油(じょうゆ)をぶっかけて食うのがいいと地元の魚好きは言う。
3つめはカタクチイワシ。シラスを構成する種類は、これが大半を占めている。雪解けの陸の栄養が海に注ぎ、春の陽(ひ)が射すと、待ちかねたように膨大なプランクトンが湧く。これを食べられるかたちに身をもって変換してくれるのがイワシなのだ。魚偏に弱いと書いてイワシ。他者に食われてばかりの健気(けなげ)な魚は最弱にして最強。海も人間もイワシが養っているのであって、これなき海では生きていけない。
シラスは春と秋と2回ほど、目の細かい網を船で曳(ひ)いて獲る。最近は生で食う習慣もあるが、塩茹(ゆ)ですれば「釜揚げ」。ちょいと干せば「チリメン」。さらに硬く干し上げれば「上乾チリメン」。それぞれの加工段階にさまざまな用途があふれているが、シラス味の真骨頂は釜揚げにあるだろう。この加工は鮮度が命。獲りたてのピンピンしているのを各社自慢の塩加減とゆで時間で仕上げたそれは口の中でツルリと逃げる。
全国漁業協同組合連合会(JF)が選定する「プライド・フィッシュ」には茨城、神奈川、静岡、愛知などがあるが、他にも関東から九州まで産地は多い。出かけた先でシラスの個性を味わうのはまことに隠れた楽しみであることよ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。