「プライドフィッシュ」に選定されている福島県の「小名浜の秋刀魚」 (全国漁業協同組合連合会提供)
これほどにわが国の郷愁を誘う魚は他にはあるまい。毎年、サンマは日本の北方から三陸沖を下り、千葉の銚子をめぐって和歌山あたりまで南下して解散、というような動きでやって来る。いまだ残暑の候、今年も魚屋の店頭にサンマ到来でございます。
秋の魚かと思いきや、漁が始まるのは意外に早く7月下旬から8月。北海道の根室あたりを基地にする刺し網漁で始まる。通り道にカーテン状の網を仕掛け、そこに頭を突っ込み絡まるのを獲るわけだが、獲れる量はさほど多くはない。しかし、例年並みであれば太くて肩が盛り上がり、小顔に見える極上品。1本800円もするときがある。刺し網で獲れた証として首に網が絡んだ筋目がついているそれは、頑張って買うだけの味がある。丁寧に扱われた疲れのない肉質はすばらしく旨(うま)い。
季節が進んで9~10月になれば、群れは三陸沖に固まるので、これを光で集めて棒受け網で獲るようになる。この頃になると値段も庶民に近づいて、そろそろサンマの塩焼きが食いてえなあ、となってくる。
サンマの“旬”は秋と答えるのが世のならいであるが、旬とは獲れ始めの「走り」、最盛期の「盛り」、漁期の終わりの「名残」と変化するものであって、加えて、おいしい時期である「味覚の旬」と、たくさん獲れる「漁獲の旬」が重なる。サンマの場合、すごくおいしいのは走りで味覚の旬であるが、量は少なく値段も高い。だんだんに盛りとなれば、量も多くて安くもなって、この漁獲の旬をいわゆるサンマの旬だと皆が言う。
名残となれば、脂のない肉の旨さが際立って、伊豆や和歌山で丸干しや押寿司となる。
つまりだ。魚の味はグラデーション。脂ばかりが旨さじゃない。季節の移ろいに合わせて無段階に変化する妙味。これをまざまざと実感させてくれる代表格がサンマなのである。盛りのサンマは焼きはもちろん、3本焼いて飽きたなら、刺し身もいいし、茹(ゆ)でて刻み葱(ねぎ)とポン酢をかけても乙なもの。脂が抜けてきた終盤には三枚におろして塩と酢で締めても、秋を惜しむにはうってつけの枯れた味。
そしてサンマは、発達した鮮魚流通の最先端でもある。北のサンマの刺し身を沖縄で食える現代の恩恵。これまた併せて嚙(か)みしめようではないか。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。