アンコウを漢字で眺めれば「鮟鱇(あんこう)」。魚偏に寄り添う字はいかにも平和な雰囲気であるが、呼称をたどれば「暗愚(世間知らずで愚かな様(さま))」がその由来だというのだから、当人にとってみれば迷惑なことだ。巨大な団扇(うちわ)のような外観から、まず目に入るのは体の半分近く大きく開いた口とそれに連なる頭であり、胴の身はわずか。大きな胸ビレがカエルの足のように突き出しており、これで海底をのし歩く。泳ぐのは苦手だ。つまり、およそ魚らしくないことにかけて、愚かかどうかは別として、明らかに魚類界の異端に違いない、とみられてしまう。
その生き様(ざま)も奇態である。背びれの一番前の棘(とげ)が変化してアンテナ状に口の前まで伸びている。体色を海底と同じにして鎮座し、餌となる魚が近づくとこのアンテナを振り回す。小魚はその刹那、シュボッと開いた大口の中に吸い込まれてしまうという顛末(てんまつ)だ。また別の日は、のたりと海面付近に浮上し、自分をつつきに来た海鳥をも吸い込んでしまうという。おそろしや、まさに泳ぐ胃袋なのだ。
まあこの話は忘れてください。なんといってもタラ、フグと並ぶ冬の鍋の御三家のひとつであります。
最近は山口から北海道まで獲(と)れ、ぶつ切りのパックで売られているから身近になった。下あごにカギをかけて鴨居(かもい)に吊(つる)し、世にいう“アンコウの七つ道具”を切り分けていく。エラ、ヒレ、皮、肝、ヌノ(卵巣)、胃袋、柳(身)の7つ。ぶつ切りにして茹(ゆ)で洗い、昆布(こんぶ)だしの醤油(しょうゆ)味で白菜や豆腐、シイタケなどと煮ていけばよい。
茨城あたりのアンコウ鍋は有名だが、こちらは味噌(みそ)仕立て。肝と刻みネギと味噌を鍋で炒(い)りつけ、切り分けたアンコウを加えると、味噌の塩分によって浸み出たダシで自らが煮えていく。酒を少々、大根を入れて火を通し、味を調えれば「どぶ汁」の完成だ。いずれの鍋にせよ、翌日の煮え残りがまことに旨(うま)いことを申し添える。アンコウは翌朝にかぎる。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。