愛媛県の「釣りタチウオ」(全国漁業協同組合連合会提供)
世に魚の数だけその名があるけれど、そもそも呼称というものは見るタイミングと視点と感性によって随分変わるものなんだなあと思う。国内はもとより洋の東西となると、いよいよそれは文化気質の差異となろう。
というわけで例えば、標準和名タチウオは太刀魚と書き、これは全国共通。沖縄ではタチヌイユーと呼ぶが、いずれもそのスラリと長く扁平(へんぺい)した体から連想されるのは太刀である。
一方、海外へ赴けばこの魚を「ヘアーテイル」、すなわち尻尾が髪の毛のように細い魚というわけで、「尾鰭(びれ)がねえじゃん」という西洋人の驚きも分からんでもないが、この視点の違い、魚に対する愛の差だなとニンマリする。
11月に入り、初冬の気配が立ち込めてくると、そろそろタチ釣りに出かけますかとソワソワ支度する。掛かったときの強烈な引きをいなし、数十メートルを手繰り上げ、銀色にひらめく太刀を抜き上げる瞬間から、その旬の旨(うま)さは伝わってくる。
鋭い歯に気をつけながら首に包丁を入れて血抜きをし氷水につけたらひと安心。じっくり眺めることとしよう。生時は銀を通り越して黒光りさえする鏡のような体色は、鱗(うろこ)の代わりに備わったグアニンという成分の膜だそうな。劣化するとはがれてしまうので鮮度の目安となる。
鮮度が良ければ三枚におろして皮つきのまま細切りの刺し身でも味わい深い。刺し身にならぬような小さいやつは、おろし身を天ぷらに揚げるとサクッと口中で溶けるし、背びれだけ切り外して骨ごと2mmほどに刻んだ「背ごし」も乙なもの。甘辛の煮付けや塩焼きもいいが、共通している悩みは、背と腹の小骨が鋭く多いこと。なんとか、骨を気にせずばっくりと、この旨い身をほおばることはできないものかともどかしい。
方法はある。指4本くらいの良型を10cm幅でぶつ切る。その背びれのつけ根から腹側ギリギリまで身をおろし、腹鰭の骨を切り外すが身は切り離さない。そうすると、骨なしの開き身ができるだろう。これを5%程度の塩と酒少々を加えた塩水に漬けて、表面がさらさらに乾くまで秋風で干しあげれば「タチウオの酒塩干し」の完成だ。焼けば皮目はさっくりと香ばしく、醬油(しょうゆ)をたらして熱い飯にのせて思い切りほおばったなら、人はニヤリと納得する。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。