魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2019年9月13日
Column #032

ノドグロや 忘我の味わい

島根県の「ノドグロ」(全国漁業協同組合連合会提供)

食べているうちに我(われ)を忘れてしまう食べ物はあるのだろうか。分厚く切った初ガツオに醬油(しょうゆ)をぶっかけ玉ねぎとほおばり唸(うな)る。上手に締めたタイの身のひと切れを嚙(か)みしめ感嘆する。いずれも感動的に旨(うま)い。しかし、20年前に島根の出雲で出会ったこのノドグロという魚の味は全身に染みついて忘れられない。

ノドグロとは通り名で、正式名はアカムツという。初めて出会ったそれは30センチは超えていたろう。こんがりと塩焼かれたノドグロは他に類をみない香気を放ち、焼けた脂がチリチリと音を立てる皮を純白の身とともに口に運べば、濃厚なエキスが口中にほとばしる。頭が痺(しびれ)れ、しばしぼうっとなってしまう。夢中で食い進み、気づくと残骸が残るのみ。店主にこれを椀(わん)に入れて湯を注いでくれと頼むと、「ハア、もはや食うとこありませんがな」ときた。そして僕は一生のうち、あと何回食えるのだろうかと思ったのである。

赤くて旨い脂の豊富な魚といえば、東の横綱にキンキがいる。サラリトロリとした旨さについてはまたの機会に譲るが、本件ノドグロの特徴といえば、脂もさることながら、香りの良い皮と肉、そしてなんといっても旨味に満ちた肉汁の豊かさであろう。まさに西の横綱だ。

2キロもあるデカいのもいるが、25センチくらいでずんぐりと尻尾が太く、一見鮮度が悪いように見えるが、鱗(うろこ)がはげるくらい脂が乗っているやつがいい。太平洋や東シナ海、北は青森でも獲れるけれど、島根の隠岐島や新潟の佐渡島周辺で海底が泥質の漁場のものが最高だ。皮つきの刺し身もいいし、甘辛く煮つけてもよいが、塩焼きの上をいく風味はあるまい。下手に焼くと、せっかくのエキスがしたたり落ちてしまうのでご注意。薄塩をくまなく塗って小一時間置き、焼く前に再度振り塩し、串に刺して強火の遠火で焼き上げる。焼き立てに没入すれば、陶酔の境地が待っている。

車の運転中や仕事中にノドグロの味を想(おも)ってはいけない。我を忘れて危険だからね。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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