キンメダイは今はちょいと高級魚。でも戦後しばらくは、なんだキンメかと呼び捨てられていた。世界の深海に群れ泳ぎ、無尽蔵に獲(と)れて鮮度管理もままならぬ魚ゆえ、タイなど並び称すのはけしからん、キンメで十分というわけだが、それが、庶民の憧れの響きに変わったのはいつからだろうか。
あらためてキンメの姿を見てみよう。まず目に飛び込んでくるのは、その鮮やかなる赤さだろう。マダイのそれとは違い、抜けるような透明感のある鮮烈な赤。そして、体と不釣り合いなまでのデッカイ目玉。これが銀盆のように底光りして魚屋の店頭に横たわっている。まさに“金目”というにはわけがある。深い海に棲(す)む魚ほど、眼底の奥に「タペータム」という光を何倍にも増幅する組織があり、その反射ゆえに奥に何かあるような深い光り方をするのである。
とまあ、およそ旨(うま)そうには見えない御仁なのであるが、ひとたび食えばびっくりする味なので見直してしまう。深海魚なので周年、質は変わらないとはいえ、6月頃の産卵を控えたキンメはキレのいい脂をしっとり乗せて、噛(か)めば肉と混ざりつつ、トロリと口中で溶けてゆく。生で食うなら皮つきの刺し身。表面を炙(あぶ)ったり湯引きにして、全て享受する喜びがあり、なるほど呼び捨てするような魚ではない。
だいたいは切り身や半身で売っているが、この魚の醍醐味(だいごみ)は一尾丸々おかしら付きの煮付けに尽きる。主産地は沖縄から千葉沖までの太平洋だが、千葉の銚子沖から伊豆の下田や稲取にかけてのキンメは特にブランド。40センチもあるようなやつを惜しげもなく、ご当地の醤油(しょうゆ)で一気に炊き上げ、大皿にドンと披露すれば、甘辛く優しい匂いが部屋にたちこめる。甘めに仕立てた黒い醤油の煮汁に浸り、大目玉を見張った赤いキンメが、さあ存分に食ってくれと言うだろう。たまには切りよく豪快に。時季のキンメはうんめえぞ~。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。