「千葉県産アワビ」(全国漁業協同組合連合会提供)
アワビといえば言わずと知れた高級水産物の代名詞。海辺の旅館に泊まるとき、「夕餉(ゆうげ)の膳にアワビ1個がついてます」とうたってあれば、それだけで心ときめく切ない憧れ。その正体やいかに。
漁師には魚を網やさおで追う者と、潜って海藻や貝を採集する者などがいる。魚を追うのが漁師らしさではあるが、実は古事記の時代から、磯に潜むにたけた部族が記述に登場するのであるからして、むしろ潜り漁は漁師の原点ともいえよう。
その漁獲物の中でも別格の光彩を放っているのが古今東西を問わず、アワビなのだ。サザエと同じく巻き貝の仲間ながら、進化の過程で巻くのをやめ、せっけん箱のように大きく広げた殻の内側には、はい歩く足と貝柱が一体となってくっついている。これで岩肌にへばりつき、海藻などを食って育つ。世界の海に棲(す)み、わが国では20センチ程度に育つものが多い。身が薄いが柔らかいメガイ、堅いが香り高いクロアワビ、味バランスの良い北方のエゾアワビなど。いずれも大部分が肉塊なので、他の貝よりもはるかに食いでがあり、昔からアワビは妊婦に食わせよといわれるくらいに滋養に富んだうま味に満ちている。
しゃもじなどで身を殻からはずし、刺し身、酒蒸し、バター焼きもいい。肝は取り置いた生をぶつ切りにし、ワサビ醤油(じょうゆ)でペロリと舌に乗せますと、酒呑み(さけのみ)は歓喜する。身を生で食うとき、ケチって薄切りにするほど硬くなる。格子に四角くぶつ切りとし、氷を入れた塩水にしばし浸しておけば、かみ砕くほどにこなれて溶けるアワビ味の真骨頂が味わえる。この料理を夏の風物「水貝」というのだ。普段は高根の花なれど、コロナ騒動の中、各地で安くなっている。漁師には申し訳ないけれど、これを機に味を確かめ、年に一度は口にする文化教養を深めたい。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。