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ウエカツ流サカナ道一直線

2021年2月19日
Column #050

早春のハマグリに縄文の海の恵みを思う

千葉県のハマグリ(全国漁業協同組合連合会提供)

早春の訪れ、その日差しにプランクトンが湧き始めた海の水はぬるみ、徐々に濁りを増してくる。貝がおいしい季節の到来です。ハマグリは「蛤」もしくは「浜の栗」と書く。浅い沿岸のきれいな砂地に棲(す)み、アサリより4~5倍の大きさに育つ。この貝が、遡(さかのぼ)ること一万余年、縄文時代の先祖たちの命をつないだ糧であったこと、各地の貝塚から出土する大量の貝殻からみても明らかだ。

いまわれわれは、過去の恩恵を忘れて浜を埋め壊し文明と称して金を追う。結果、各地でハマグリは絶滅という、まことに滑稽な事態となっている。しかし、心ある人々の環境保全や稚貝の放流活動によって、場所によっては復活している。この絶望と希望の同時性、矛盾に満ちた両面性が人間というやつなのだろう。

ハマグリは2種おり、波の高い外洋の浜で大きくなるのが「チョウセンハマグリ」。ダシは強いが肉が硬く、殻は厚いので碁石の原料となる。内海の静かなところに棲む若干小型なのが「ハマグリ」。各地で地ハマグリとして親しまれ、ダシが濃く甘く、肉がやわらかい。

ハマグリといえば「三重の桑名の焼き蛤」と連想するのは昭和の生まれ。長良川から運ばれる豊かな砂と栄養で育つ地ハマグリは実に味が良い。忘れてはいけないのが江戸前。かつて東京湾が今の2倍近い大きさだった頃、ふんだんに獲(と)れるハマグリは煮はまとして銀シャリを飾った。サッと火を通し濃い汁に漬け冷まし、切り開いて握るのがやわらかさと香りの秘訣(ひけつ)。

春の海といえば、温められた水蒸気のレンズ作用で遠くの景色が海上に映し出される「蜃気楼(しんきろう)」。この「蜃」とは、中国でハマグリのこと。この時期、一斉に卵や精子を放ち、糸状の粘液が海中を密に漂う。あたかもハマグリが吹く妖気(ようき)が、水平線の景色を揺らがせ、そこに見えないはずの景色を生む春の幻術。これまた時期の風物でござる。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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