魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2022年3月25日
Column #064

人は前を向き、白魚は春を告げる

福島県産のシラウオを使った海鮮丼

ふと気づけば11年。あの東北の震災から、既にそんなにたったのだ。被災した当事者のそれぞれが、深く抱える光景と出来事に、悪夢だったのではないかといまだに思う現実は変わらない。せめて前を向こうと言い聞かせて歩き出し、そして毎年、季節は巡り春はやってくる。白魚とともにやってくる。

白魚と書いてシラウオ。日本には北から南まで4種類がいるが、いずれも春の産卵期を前に河(かわ)が流れ込む岸近くにやってきて、漁師の網ですくわれていく。福島県において獲(と)れるのはイシカワシラウオという種類だ。早春の声を聴く1~4月が漁期。相馬、いわき、浪江の3地区で漁を再開させて、港に希望の光が差したのが平成26年。浜は今年も水揚げに沸いている。

体長7~8センチ、シュッと細く口は尖(とが)り、その体は生きているときには儚(はかな)いガラス細工のように透き通っている。何かの稚魚かと思いきや、これで産卵前の親だというのだから天の造作はまことに不思議。しかも、尾びれの前に〝脂びれ〟という皮状のヒレがあって、これがサケ科の仲間の証しだというのだから恐れ入る。

請戸(うけど)港は福島県下でもシラウオの水揚げ港としてつとに知られるが、原発事故の影響が深い浪江町にあり復活が遅れていた。が、今期は国内だけでなく、海外へも初出荷がかなった朗報もあり、気持ちの高まりを禁じ得ない。

シラウオは死ぬと次第に白濁するが、鮮度のよいうちに急速凍結すれば、いつでも清い姿を愛(め)でることができる。昨年、震災後に渾身(こんしん)の再起を遂げた柴栄水産にお願いし、浪江町立のなみえ創成小・中学校の生徒や先生たちとオンラインで大いに請戸のシラウオを賞味した。春のセリを刻んで合わせたかき揚げと、か弱い体から染み出る品のある澄まし汁に溶き卵と三つ葉を散らした2品は、被災地復活の息吹を皆が感じたことだろう。ついでにアヒージョと洒落(しゃれ)込めば、ワインの栓でも抜こうかと思わせる宵に乾杯だ。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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