魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

SAKANA & JAPAN PROJECT
Facebook Twitter Instagram

ウエカツ流サカナ道一直線

2023年5月19日
Column #077

岩場のマダコは夏の活力

疲れた体に活力をくれるマダコ

春が慌ただしく過ぎて初夏の匂いを空気が含むころ。ふと何か忘れているような、体が何かを求めているような感じがして立ち止まるとき、そろそろアイツが来るなと思い出す。多くの魚が繁殖の時期を終えて痩せる端境期の今、海の岩場で待っているのはタコ。

小型で胴に卵を蓄える冬のイイダコや数十キロにも育つ北海の横綱、ミズダコ、長い体で海流に乗って渡り歩くヤナギダコ、泥底の穴に棲(す)み長い手を伸ばして餌を漁(あさ)るテナガダコ、あるいはサンゴ礁の穴にはまって暮らすシマダコなどなどいずれも違う。季節変わりの疲れた体に響くのは、なんちゅうてもマダコなのである。

東北から九州の中部まで、この時期になると貝、エビ、カニを旺盛にむさぼり、夏から冬にかけて2~3キロにも育つ。その急激かつ集中の成長エネルギーが、そのままわれわれの体を癒やしてくれるというわけだ。カキが旬を終えるこの時期、活力の源タウリンをこれだけ含む生き物は他にはなかなか見つからない。

タコの二大産地といえば、一に瀬戸内、二に三陸であるが、〝旨(うま)いタコ〟というと、東京湾の久里浜や浦賀、千葉外房の大原のほか、愛知や九州の各地にも、スポット的にいくつかある。要は潮通しが良い餌が豊富な岩礁であればよいのであって、最近減少傾向にあるとはいえ、明石を筆頭とする瀬戸内のマダコは、この条件を兼ね備えた環境に棲む優秀なタコであるといえる。

タコの旨さとは「甘み」「香り」「歯切れ」の3つ。実はその鍵は貝、エビ、カニ、運動だ。タコを拉致してそれぞれ分け与えてみると、貝は甘味を、エビ、カニは香りと色ツヤを生むことが判明する。歯切れは運動次第で、なるほど旨いタコはこれを備えているのだなと納得する。

三陸の旬は秋から冬だけれど、それ以外での旬は梅雨から秋とされている。陸では田植えが終わり、根強い育ちをタコに重ねて7月の〝半夏生(はんげしょう)〟にはタコを食う。いざわれわれも、タコ力にあやかるとしよう。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

Page Top