タイと名前がつきながら、味わいは別格のアマダイ
アマダイとはいうものの、幅に対していささか長い体をくねらせ、水深数十メートルの泥底に穴を掘って棲み暮らしているあたり、既にタイとは別の魚である。およそ“タイ”の名前がつく魚は、タイのように平たい体形か、めでたい赤っぽい体色か、タイ並みに味が良いか、3通りのいずれかであるが、アマダイはこのうち、後の2点を満たしているのだからタイと呼ばれても無理からぬ。いや実は、その味わいにおいてもタイとは別モノ、本家タイ以上と言ってよかろう。
かの徳川家康に興津(おきつ)の局(つぼね)が献上し、御前にてそのうまさを褒めて「興津鯛」と命名したともいわれているし、晩年の家康が天ぷらの食べ過ぎで腹痛を起こし、この世を去るきっかけとなったとされるのもこの魚であったというのだから、数百年来、よほど美味であるという定評はあったのだと思う。
肉に甘みがあるので「甘鯛」、つるんとしたおでこが坊さんのようなので「尼鯛」の漢字を当てる。小さめの黄アマダイ、定番の赤アマダイ、大きく育ち貴重な白アマダイがいるが、その身はタイどころではない不思議な魅力に満ちていて、めでたいというより、高貴な食味をもって、やんごとなき御膳にも供されてきた。たとえば若狭湾で獲れたのを背割りに切り、ひと塩当てて馬の背に揺られて京に至るころにはほどよく水分が抜けて、持ち前の甘さが塩で増し、ウロコをサクサク味わえるように逆立てずに焼き上げる“若狭焼”や、すりおろしたカブをかけて蒸したものにくず餡(あん)をかけた“かぶら蒸し”など、塩締めしたものをさらに旨く生かすような、いわゆる“職人の料理”に用いられることが歴史的にも多いようだ。
とはいえ、夏の浜の茶屋で、獲れたての小ぶりのやつを丸のまま炭火で焼いたものは、季節の香りと滋味にあふれ、焦げたウロコをはがして身をむしり食うのは悦楽と言ってよい。刺し身も吸い物も揚げ物もいいが、甘辛の煮付けだけは甘さが喧嘩(けんか)してもったいないように思う。だって、“甘”ダイですからね。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。