父の代から本質的に変わらない「鮑ステーキ」
銭屋は今年の10月で創業52年を迎えます。両親がカウンター10席の店から始めて、その後、カウンター14席と個室1部屋の店舗に移り、昭和56年に現在の個室6部屋、カウンター7席の店舗になりました。創業者である父は平成3年に他界しましたが、母は大女将(おおおかみ)としていまだに現役で、家業にいそしんでいます。
さすがに創業時のお得意さまの姿は見られなくなりましたが、それでも40年以上にわたりご贔屓(ひいき)にしていただいているお客さまはいらっしゃいますし、親子孫3代にわたってご贔屓いただいているお囃子(はやし)のお師匠さん方の存在もありがたい限りです。
今の銭屋でご用意している献立のほとんどは私たち料理人にお任せいただくコース料理ですが、古くからのお得意さまは、それこそ父の代からの定番の献立を所望されることも多いものです。正直言って、ちょっと古く感じて、あまり気乗りしないときもあるのですが、料理をお出ししたときや召し上がっていただいたときのうれしそうな表情を拝見すると、ご用意してよかったなと思うこともしばしばです。
父の代から微調整を重ねながらも本質的に変えていない料理は「おせち料理」と「鮑(あわび)ステーキ」です。おせち料理は1年に1度しか仕込まない料理ですので、10年修業しても10回しか経験できません。ですから、今後も大きく変えるつもりはありません。
鮑ステーキは、父の頃とは産地が変わってしまったので、当然火の入れ方も変える必要がありました。同じ鮑でも産地が変わると味の入り方がずいぶんと違うのです。志摩観光ホテルの元総料理長の高橋忠之シェフからは「産地の違う鮑を同じ鍋で仕込むべきではない」と教えていただきましたが、まさにその通りでした。フランスの三つ星レストラン「トロワグロ」の「サーモン・オゼイユ」のように、シェフが代わっても提供され続ける看板料理にしたいものです。
金沢の「日本料理 銭屋」の2代目主人。「ミシュランガイド北陸2021特別版」で二つ星と、環境配慮を評価する「グリーンスター」を獲得。