マダラ(全国漁業協同組合連合会提供)
一般的には「タラ」と呼ばれる魚には、「マダラ」と「スケソウダラ」がある。まず大きさが違う。スケソウは大きくてもせいぜい70センチ程度なのに対し、マダラは1メートルを超える巨漢。その言葉が表すとおり、市場で見かける姿は、ずんぐり、ダラ~ッと横たわっている。
双方とも冬にかけて腹に生殖巣を蓄え、その卵巣の塩漬けを「タラコ」と呼んでいるわけであるが、正しくはスケソウダラの卵であって、マダラの卵は赤ん坊の頭2つ分もある巨大なもので、およそ庶民が思うところのタラコとはかけ離れている。これを茹(ゆ)でてほぐして甘辛に煮つけ、「タラの子」と呼び分け賞味している地方もあるが、マダラの魅力は卵よりも白子(しらこ)、すなわち精巣にあると人は言う。
一見、人体解剖図に見る“脳”のような形状を呈しているが、これを小分けにほぐし、鍋を沸騰させないようにじっくり熱を通してポン酢で食えば、濃厚な味に冬到来を感じること必至であろう。
マダラは北の魚。太平洋は茨城以北、日本海では能登半島より北の深い海で獲(と)れるのが通念。冬にかけて卵や白子が充実し、これが旨(うま)いという点においてはタラは冬の魚ということになるわけだが、肉の方はといえば、生殖巣に栄養をとられた冬よりも産後の肥立ちよろしい夏こそが、タラの本当の旬ということになろう。この時期のタラはどんな料理にしても旨い。
ところで、タラの肉は加熱の度合いによって3度味を変えることをご存じだろうか。たとえば鍋。最初はサッと火が通った頃合いで、弾力ある肉を嚙(か)みしめる。次に肉の繊維が分かれる程度に火を通した甘味。そして最後はさらに進んで煮崩れした状態。このときタラは、それまでとは違う、特有の肉の香ばしさを放つ。ためしに鍋をやったとき、身を残した鍋を翌朝温めなおして食ってごらん。言っていることが分かるから。
ということなので、むろん味噌(みそ)汁でもこの変化は変わらず大変けっこう。ただしタラの身は流水でしっかり洗って水を拭いておき、鍋の水に先に味噌を溶き、そこにタラを入れて火にかけアクをとる。こうすると臭みもとれ、身崩れなしに肉の香味を堪能できるのだ。斜め切りの長ネギをたっぷり入れて、白く息を吐(つ)きながら温まる、これぞタラ汁の真骨頂でございます。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。