「京鰆」(全国漁業協同組合連合会提供)
サワラは魚偏に春と書くが、スマートな体軀(たいく)を評して「狭腹」とも書く。産卵で瀬戸内海に群れて入り込むのはまさに春。香川から淡路島、ぐるっと回って岡山にかけて、田植えの手伝いに来てくれた隣近所にふるまう一尾買いの大きな魚、それが「鰆」なのですねえ。一方、脂乗りという意味では冬1、2月。味覚の旬で「寒鰆」とも呼ばれている。
サワラは赤身か白身か。緑がかった青い背に黒の水玉模様の銀の腹を見れば、たしかに青ザカナであるなと思うのだが、その身を切れば、ほのかにピンク。特に脂を乗せた冬などは、ねっとりとしたクリーム色の質感をもつ白身の様子。が、それもつかの間、一口嚙(か)めば認識は変わる。ひと呼吸置いて伝わってくる、かすかな鉄の風味を伴う甘い脂の香りと、極上のイワシを磨いたような旨味(うまみ)と風味は、いわば青ザカナの騎士。身肉がこなれて口中一杯にもちもちと占領されるのがいいのであって、料亭気取りで薄切り数枚を皿に並べては、この醍醐味(だいごみ)はまるで伝わってこない。ぽってり厚く切り、たっぷり大皿に乗せ、べったり醬油(しょうゆ)をつけてほおばり酒飯をやる。サワラの刺し身はかくありたいものだ。
ところで、とにかくサワラの肉は柔らかい。ゆえに良い状態で食べるには、獲(と)るところから食べるところまで、それぞれの工程に関わる人間の気配りが欠かせない。かつてはそのような配慮はなく、産地の民のみが旨い刺し身を食っていたわけだが、今は活〆(いけじめ)や輸送の工夫も進み、産地によっては都会でも居ながらにしてその恩恵に浴することとなった。これは口福と申し上げるべきであろう。
海水温の上昇やらで日本全体の魚の分布が北に移動する傾向にあるが、サワラはブリと並んでその典型。ここ10年くらいで、とうとう青森までサワラが獲れる事態となった。かつては能登半島や房総以南の魚であって、焼いて冷めても硬くならないところから高級総菜魚として君臨していたが、最近は値段も手ごろ。塩・味噌(みそ)・醬油に漬けて焼くのもいいし、天ぷらや洋風の料理にも向く。長ネギをたっぷり斜めに切って、皮つき刺し身をサッと煮てポン酢でやる冬の鍋など、のめり込む味がする。千葉・大原の口伝にいわく「サワラの刺し身で皿なめた」とは、もって真実なり。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。