魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2018年3月16日
Column #013

目には富士、海には桜、舌に春

静岡でサクラエビ漁がピーク

寒波に次ぐ寒波、春の大嵐さえ冷たいままに、ずいぶん長かった冬が過ぎようとしている。

上着を1枚ずつはぎとっていくこれから、心身はいよいよ春めいたものを口にしたくなって目と頭は春らしさを探し回っている。“旬”とはモノの出盛り期をいうのだけれど、言い換えれば、この“らしさ”を味わうことにほかならない。

時は4月、所は静岡県が抱える壺のように深い豊饒(ほうじょう)の駿河湾。夜間眺めると、沖合にチカチカと明滅する漁船の灯(あか)りを見ることだろう。これがサクラエビ漁の遠景なのだ。5㎝に満たないこのエビは、昼間は湾の深海に散らばっているが、日没に伴って大群を成し餌を追って数百メートルを一気に浮上する。これがいわゆる「垂直運動」であって、夜間に漁師の曳(ひ)く網にどっさり掛かる。

“サクラ”とはよく言ったもので、生きているときから根っからの桜色でもあるし、よく獲(と)れる時期が折しも里に桜が咲く頃と重なるという、まことに絶妙な掛けことばとなっている。生きているときは透明感が強く、赤いガラス細工のような姿をじっと見つめていると、それだけで深海の神秘に引きずり込まれるような気持ちとなる。

しかも、旨(うま)いときている。ちび助のくせに他のどのエビにもない強い香ばしさと甘すぎない旨味、軽妙な食感を併せもち、その魅力は、生でも干しても変わることはない。

生を手にいれたなら、どんぶりにどさっと入れて2本の箸でぐるぐるかき混ぜると、体の十数倍も長いヒゲを絡め取ることができる。しこうして、中火のフライパンで油をひかずに乾(から)煎りし、香りが立ったら粗挽(び)き胡椒(こしょう)をサッと振り、皿に移して即座にレモンを搾る。これにてまずは真味を試されよ。

さて次はどうするか。甘辛のダシで煮て卵とじ。たまねぎやらとかき揚げ。春キャベツと炒めても、澄まし汁に漂わせても、小洒落(こじゃれ)てパスタなんぞに仕立てても。つまりどうやっても、その風味と色をもって春の野郎を連れて来る、にくいエビなのだ。

由比、蒲原、大井川の各港の水揚げが聞こえる頃、好天とあらば富士川河川敷には一面広大な桜色の絨毯(じゅうたん)が見えるだろう。天日干しされるサクラエビの風景だ。見上げる残雪の富士とパノラマをなし、駿河の春の大交響楽を奏でている。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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