長崎のイサキ(全国漁業協同組合連合会提供)
イサキという魚をご存じだろうか。大衆魚のアジ、サバ、イワシ、タイ、マグロなんかはみんなが知っている。けれどもイサキは“微妙”。スーパーの棚に並んではいても、知っている人はすごく知っているが、知らん人は名前さえ頭にない。気軽に食えるほど安くはないが、手が出ない高級品でもない。いつも食べている魚から、ちょいと上のランクに冒険してみようかしらというときにまず眼中に入ってくる中級魚といえよう。お味のほうもたしかに、ちょいと本格的な白身の味がする。
春の連休も過ぎて、山や里には新緑がいよいよ濃厚。初夏の湿った空気に乗って、木々の精気が香ってくると、そろそろイサキの季節だなあと思い出す。この風の匂いが、折しも産卵に向けてみっちりと卵と白子(しらこ)を蓄えたイサキの、子孫を残すエネルギーと重なるのだ。
春の到来で、プランクトンを腹いっぱいに食って成長したイサキの新子は20cmほどの若魚となって岩礁に群れる。小さい頃は腹に濃いオリーブ色の縞(しま)が縦に数本走る瓜(うり)模様のため、イノシシの幼獣と同じく“ウリンボウ”と呼ぶ。5年もすれば堂々と20cmを超えて大味となり、“ババイサキ”などと呼ばれてしまう。旨(うま)いサイズは30cmくらいの3年物。刺し身、塩焼き、煮つけ、唐揚げ、野菜蒸しなど、そのしっとり優秀な白身は和洋中を問わず、調理法を選ばない。皮に特有の旨さがあるのでこれを生かすのが肝要。
夏の盛りに産卵するのでいったんは痩せてしまうが、そこから回復しておいしくなるのが冬にかけての「寒イサキ」。体は小さくとも冷たい潮で磨かれて、味の良い脂は正月魚としてもうれしいものだ。
では夏のイサキはどうするか。どうやってもおいしいのだが、どうせなら夏らしく味わいたい。刺し身であれば半身の皮目に塩を振り、下火であぶって冷やして切りつけ、ちぎった大葉をまぶして食う「焼き切り」などは焼けた皮とシソの青い香りが実に清々(すがすが)しい。ごく新鮮なイサキが手に入ったなら香味野菜と味噌(みそ)とともに身を刻み叩(たた)き、これを椀(わん)に張った氷水に溶かして味わう「水なます」などは夏の魚料理の極みといった味がする。新鮮なものならこの時期、卵と白子を生で味わう楽しみもあるし、粗の澄まし汁も美しい味だ。煮つけと蒸し物は、秋冬の楽しみに譲ってもよい。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。