萩のマフグ(全国漁業協同組合連合会提供)
食っては上々、なれど眺めれば奇態。処理を誤れば毒にあたることもあるというのに、それでもなお抗し難いフグの魅力とは何だろう。毒の威力は命を奪うが、味の魅力は魂を奪う。ふと気づけば、「フグ食いてぇ」と呟(つぶや)いている。
日本のフグ53種のうち食用としているのは21種。代表的なのはトラフグ、マフグ、ショウサイフグの御三家だろう。格下だが毒のないサバフグは本州から九州全域で総菜になってもいるし、体中がトゲだらけのハリセンボンだって沖縄ではご馳走(ちそう)の「アバサー汁」だ。風土は違えど、やはり皆さん、フグの旨(うま)さにはかなわないとみえる。
問題の毒はテトロドトキシンという神経麻痺(まひ)毒。皮、身、血、卵、精巣、その他内臓など毒のある部位と強度は種類によるが、微量でも呼吸困難、死に至るのでおっかない。にもかかわらず、縄文時代の遺跡からも食べていた痕跡が出ているし、明治時代に伊藤博文公がフグ食を解禁して調理を免許制度として以来、堂々たる食文化として続いてきたことは人類史上の驚異と言ってもよいのではないか。
フグの魅力は、部位ごとに異なる味わいと、いっさい脂のない肉がもつ強烈な旨味、豊富なコラーゲンのコクと滋養。トラフグは養殖も多いが、これを食べてポン酢の味しかしないと言う若者が多いのには理由がある。天然のフグの旨味は甘み。対して養殖フグのそれは餌のちがいからくる酸味であるからして、薄く切った刺し身にポン酢をつければ味がわからんのも道理。コラーゲンも少ないので、ちょっと加熱が過ぎれば単なる白身魚の味になってしまう。なるほど。さらば若者よ、天然のトラフグを3回、食べてみることを目標に生きてほしい。3度目にして忽然(こつぜん)とその味の凄(すご)さと、それを存分に味わえた心と体の陶酔に気づくだろう。フグ味の深淵(しんえん)を覗(のぞ)いた者は、二度と引き返せない。そんなものがひとつくらいあってもいいじゃないか。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。