一晩かけて砂抜きをした後、まずは旨い出汁を味わおう
潮の満ち引きとは、まことに不思議なものだ。海は地球の7割を覆っているが、月と地球と太陽の引力のバランスによって、その厚みを変える。そして3つの星が一直線に並ぶ「大潮」の時、楕円(だえん)形になった海の両極は最大満潮、平たくなった上下は最大干潮となること、おわかりになりますでしょうか。
内湾の河口に扇状に広がる浅瀬は干上がると、その全貌を見せる。見渡せば広大な砂泥の浜。そこは「干潟」と呼ばれており、生物たちの一大宝庫なのだ。ゴカイやカニや魚の稚魚。最も多いのが、さまざまな貝類であり、その代表格がアサリである。
縄文時代の貝塚から大量の殻が発掘されることからも、干上がって陸地と化した海で、いくらでも手づかみで獲(と)れるアサリは、自給自足の縄文人にとって滋養に満ちた感動の食糧だったにちがいない。時代を経て平安期、“漁(あさ)る”を語源としてアサリの名が生まれたというが、まさにこの貝と人間の関係を表している。
“砂抜き”には貝がなるべく重ならないように平たいバットに並べ、殻のてっぺんが出るくらいに塩水を注ぐ。獲った場所の海水がいいが、3%の塩水を作ってもいい。静かな涼しいところに置いて一晩、伸び伸び体を伸ばし砂と汚れを吐く。激しく潮吹くから、蓋をしておくのがよろしい。
さて、アサリの食べ方は皆さん既にご存じのはず。酒蒸し、吸い物、アサリバター。しかし、まずはこうしてみよう。鍋に7割までアサリを入れる。水を8割まで注ぎ、火にかける。沸いてアクを取ったら薄めに味噌(みそ)を溶き椀(わん)に盛る。山ほどのアサリの隙間からダシをひとくち。これだ。このために、一日を費やして悔いなしと思える味がする。貝を食べ終えたら、たっぷりのざく切り長ネギと油揚げを入れてひと煮立ち。飯にぶっかけて食うがよい。世に言う「深川」とはこれのこと。暑さが増すほどに、いよいよアサリは肥え太り、獲ってほしいと待っている。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。