青森県の「陸奥湾ほたて」(全国漁業協同組合連合会提供)
ホタテの本名は「帆立貝(ホタテガイ)」だってさ。でも“帆立”だというが帆は立てないんだって。ホタテは日本の水産物輸出の中でトップ。なんとその額450億円だって。ホタテの旬は冬よりも初夏だってこと知ってましたか!? 知ってるつもりで知らんことが多い貝ですこと。
ホタテという貝が北の海からお目見えし、大きな食いごたえのある貝として憧れの的となったのが昭和40年代のわが幼少期。なんちゅうデカさ。なんちゅう旨さ。中小の貝のみに慣れた目と口にとって、ホタテの登場はまさに青天の霹靂(へきれき)。こんなものが世の中にあったのかと驚き喜んだものである。口中いっぱいにほおばるその快感もさることながら、当時は、むろん高かった。食卓にのぼることは稀(まれ)であり、貝柱だけが入ったホタテの缶詰や、塩茹(ゆ)でして干した貝柱などは、盆暮れの贈答用に供されていたものだ。
あれから40余年。いまやどこのスーパーでも冷凍ホタテを置かぬ店はなく、生鮮殻付きも買えるようになった。かつて北国への憧れの象徴であったこの貝は、とうとう家庭の日常に降りてきたのである。されば、おおいに賞味いたしましょう。1人当たり1個でオカズとなる上、各種アミノ酸や元気の素のタウリンなどを含み、かの宮沢賢治も農家の繁忙期のねぎらいの特別食として干し貝柱のお粥(かゆ)を記している。
貝柱をはずすのに専用の剥(む)き道具もあるが、なければ先の薄いシャモジでも簡単にとれる。身から黒い内臓「うろ」だけをつまみはずし、煮ても焼いてもフライにしても大変結構。しかしなんといっても、青森の郷土食「貝焼き」だろう。「かやぎ」と発音するこれは、殻からはずしたホタテを4等分の格子に切って深い方の殻に戻し、水出しした昆布(こんぶ)だしに味噌(みそ)を溶き加え、刻みネギをたっぷり。家庭ならグリルで煮たてて最後に溶き卵を流し入れる。これぞ風土が生んだ“味噌かやぎ”。滋養は今も昔も変わらない。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。