魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2019年11月8日
Column #034

ズワイガニの甘味に思う冬の訪れ

鳥取県の「松葉がに(ズワイガニ)」(全国漁業協同組合連合会提供)

みなさん、ズワイガニの漢字をご存じでしょうか。「楚蟹」。これです。たいていの魚介類が魚偏に特徴を表す何かが組み合わせてあり分かりやすいが、これはどう解釈すればいいのであろうか。「楚」は「すわえ」と読む。調べてみて、切った後の切り株から細長く複数本伸びる新しい枝のことであると知ったとき、思わず快哉(かいさい)と膝を打ち叫んでしまった。まさに小さな体から長く伸びる脚は枝の如し。

山陰地方では分かれる脚の様をなぞらえて「松葉蟹」と言うし、石川や福井などでは地方を冠して「越前蟹」と呼んでいるが、「楚蟹」ほどこのカニをリアルに伝える呼称はあるまい。名付けた古人の豊かな感性と教養に敬服いたす。

日本で一般的に流通するカニ類は、オスは取ってよくメスは禁止となっているが、このカニはメスも食っていい。これは世界的に見ても稀(まれ)なことである。古くから大きなオスで肉を味わい、小さなメスで卵を味わう食文化が根強く、水深100メートル余の深海に群れ棲(す)み、大量に取れるこのカニを、取り過ぎて絶やさぬように、漁師たちは資源管理に努めている。

海水よりちょっと薄い塩水を沸かし、カニを腹を上にして鍋に投じる。メスなら10分、オスなら15分。キッチリ茹(ゆ)で上げたら取り出し、熱いうちに流水をかけながらすばやくタワシで隅々をこすってやると、ツヤツヤと輝き、身離れ良く、臭みのない茹でガニとなる。オスの身をほおばるもよし。メスであれば、甲羅の内外に蓄えた卵を賞味したのち、細い脚をちまちまつついて名残惜しむのもよし。酒呑(の)みは、オスの甲羅に熱燗(あつかん)を注いで冬の夜に満悦する。

どういうわけか、このカニの長い脚にキッチリ詰まった肉の甘味と、甲羅に潜んだタップリのカニ味噌(みそ)を食いすする魅力に多くの日本人が憧れ、その旨(うま)さに身震いする。財布が空になって肌寒くなるのが、ちと怖い。年に一度のことだもの。ポイっと大枚放り出して、カニ味の深みに酔えばいい。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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