魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

SAKANA & JAPAN PROJECT
Facebook Twitter Instagram

ウエカツ流サカナ道一直線

2020年3月14日
Column #038

北海が育てる食卓の華

青森県の「陸奥湾ほたて」(全国漁業協同組合連合会提供)

ホタテは「帆立」と書く。網に乗せて焼くと直角に口を開け、あたかも帆が立ったがごとき姿となるのだが、まさかこ奴(やつ)が、大移動するときには集団で洋上に浮かび貝殻の帆を立てて旅をするのだ、などという言い伝えを信じる人は令和の世にはもはやおるまい。実際のホタテは寒い海の砂泥底に横たわって暮らしており、天敵のヒトデなどが近づくと、強い貝柱を使って大きな二枚の殻をギュッと閉じることによって生じるジェット噴射を連続的に繰り返してピュッピュと逃げてゆくのだから、これは眺めていても面白い。

二枚貝の種類は多く、およそ我々が食う二枚貝のうち最大級は南のサンゴ礁に棲むシャコガイであるが、その次にデカいのが、そう今回の北の横綱、ホタテなのである。天然もいるが養殖も多い。北から降りてくる冷たい親潮が流れるところであれば、ちゃんと育つ。プランクトン生活の幼生を採集し、ある程度大きくなったらロープに数珠つなぎにするか、カゴに入れて吊(つ)るして育てる。

一年物で10センチ、二年物で15センチくらいにはなろうか。ぬくぬく育つのでよく肥え、肉質はポッテリ、赤ちゃんのほっぺのようで優しい味わい。片や天然は網で海底を曳(ひ)いて獲るわけだが、冷たい潮に鍛えられ貝柱がギュッと立ち上がり、歯応えよろしき野趣を伴う甘味と香りに満ちている。

30センチに届こうかという天然ホタテが獲れていたのは昔のことだが、北の国には、その当時の貝殻を大切に保存している古い家がある。これを鍋にして具を煮る郷土の味が「貝焼き」だ。青森では味噌(みそ)を溶くので、“みそかやぎ”と発する魂の食。昔はホタテなんて高級品。この鍋に煮干しダシを張り、ネギと溶き卵で食べていたのだから養殖の恩恵は大きい。憧れのホタテが簡単に買える時代の我々は、ぶつ切りホタテが煮えるさまを愛でながら、みそかやぎの来し方を偲(しの)ぶのも味のうち。切る方向によって味わいが変わる楽しさもある。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

Page Top