静岡県の「伊豆のサザエ」(全国漁業協同組合連合会)
夏休みが終わり、ふと思い出すのは燦々(さんさん)と降り注ぐ太陽に、海を渡り来る潮風。そしてその奥底で、静かに香っている何かが焼ける匂い。盆が過ぎれば海水浴もひと息ついて、麦わら帽子をかぶって磯遊びだ。潮が引いたあとの潮だまりをそっと覗けば、魚や小エビ、カニやタコ、ウニやヒトデ、岩に着いた無数の小貝が子供たちと遊んでくれる。そこは海の宇宙を切り取った小さなのぞき窓だ。
ひとしきり過ごし、小貝を集めて家に戻り、塩ゆでにしてほじって食う。日焼けのひりつく肌をそのままに、自ら獲った獲物を味わう喜びに浸る夕暮れ。獲って食うことを覚えた子供たちは、水たまりの観察にあきたらず、水中眼鏡を手にして磯を離れ、潜ることを覚えていく。そう、そこにいる最初の獲物こそが「サザエ」。
今度の獲物は拳骨(げんこつ)ほどもある大物。海面に浮かび息をつぎながら、海底のサザエを発見すると、それを獲ろうと手を伸ばし手足をかく。届かない。届いた。これによって子供たちは“潜り”を覚えていく。握りしめた1個のサザエが先生だ。1個が獲れたなら次はお父さんと競争だ。夢中になるうちに、漁師さんが乗った船が近づいてきて、「これこれ子供よ、サザエは勝手に獲ってはいけません。漁師の暮らしの糧なのです」と諭され、すみませんと謝って、事なきを得るのが社会勉強というもの。サザエはいろんなことを教えてくれる。では浜の魚屋に寄って買ってこよう。
焚火をたいて、火が落ち着いたら網を乗せサザエの蓋を上にして焼く。中が煮えてプッと吹いたら、さじ1杯の酒を垂らす。さらに沸いてきたら、醤油をひと垂らし。もう一度吹いたら食べ時だ。焼けたときにこぼれ落ちるエキスが炭火に落ち、ジジと煙が立ちのぼる刹那。ああ、このかぐわしさ。これが、秋から春の間、ずっと心の奥底に置き去られ、いま呼び戻される海への憧憬と重なる匂い。また来年。きっとだよ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。