魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2021年5月14日
Column #053

北海がもたらす豊満な海の肉

大人のこぶし大ほどもあるホッキガイ

新緑の匂いが鼻先をかすめるこの時期、雪解けの栄養と強まる日差しに涌いたプランクトンをたらふく吸い込んで、海では貝たけなわ。北国からは、ずばぬけたサイズと食べ応えでお目見えするのがホッキガイだ。ホッキは「北寄」と書き、その名の通り、日本海は北海道から青森、太平洋側は下って茨城の北部までの北の貝であるが、本名は「ウバガイ」というのである。「姥貝」と書く。まあその姿をごらんなさい。シジミを大人のゲンコツほどに巨大にしたような、表面が擦れ剝(は)げた風貌は失礼ながら、いかにも姥。事実、長寿であって30年も生きる。だから若者よ、敬意をもって味わうように。

貝殻は厚く重く、生命力が強いので、濡(ぬ)れ新聞にくるんで冷たくしておけば日本中どこへでも旅させることができる。殻を剝(む)くとゴロンと身がとれる。ベロンと大きい舌、これは足なのであるが、これを縦に真ん中から観音開きに切り割き内臓をこそげとる。身の周辺をとりまく貝柱と外套(がいとう)膜も刺し身でおいしいからザルに擦りつけてヌメリをとっておく。水気を拭いたら、さてどうしようか。二枚貝の中で最も大きい舌の先端付近はくすんだ灰黒色を呈しているが、これを熱湯にちょいとくぐらせると、あら不思議。雅(みやび)やかな赤紫に変わり、寿司(すし)屋で見かけるあのホッキとなるのであった。

まずは生で、そして湯通しして食べてみると、生の艶(つや)めかしい情念をえぐられるような深い味わいは、加熱されると歯切れよく余韻の続く甘味へと変わる。それぞれによい。あとはもう海の肉を存分に楽しむまでだ。開いた身をそのままフライ、粗く刻んでかき揚げ、短冊に刻んで貝殻に戻して焼きホッキ、そして、米に炊き込んだホッキ飯は郷土の定番。ダシが強いのでクラムチャウダーもよかろうけれど、地元ではカレーに入れて喜ぶのである。

初夏を迎えると産卵の季節。たっぷりの卵巣と刻んだ身を味噌(みそ)で煮詰めたホッキ味噌で、今年も満喫幸せだ。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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