魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2021年6月11日
Column #054

偉大なる巨神、敬い食うて余すところなし

商業捕鯨の再開で捕獲され、初めて店頭に並んだ鯨肉=7月8日午前、大阪市北区の阪急百貨店梅田本店(安元雄太撮影)

日本人にとって、かつてクジラは魚であった。海を介して人類が接する最大の生き物にして、1頭獲(と)れれば、七浦潤うと称賛された偉大なる食料。今は魚偏に最大の数字の位を当てて「鯨」と書くが、古くは「勇魚(いさな)」と呼んだ。その響きには古人がこの動物に対して抱いた尊厳と狩猟本能が生きており、現代のわれわれの感性にも触れる。

体が4メートル以下をイルカ、それ以上をクジラとし、口中に歯を持つ「歯鯨(はくじら)」と、餌を濾(こ)す構造を持つ「髭鯨(ひげくじら)」に分けているが、われわれの祖先は縄文以来それら全てを狩り、命をつないできた。時を経て古式捕鯨は江戸期に完成し、数十人がそれぞれの役割を担い団結して巨大な命に挑み仕留める。この集団を人々は畏敬の念をもって「鯨組(くじらぐみ)」と呼んだ。文明は進み、戦後は数百から数千トンの加工母船と捕鯨砲を備えた船団を組み、鯨の聖地“南氷洋”にも各国とともに参戦した。政治判断によって遠洋捕鯨は終わったが、近海の商業捕鯨を取り戻した日本が、増えた鯨をしっかり獲って食の伝承を果たしていることは大変喜ばしい。

鯨は旨(うま)いのかと、昔の味を知らぬ若者が問えば、答えは旨いだ。その味わいの深さは時空を超える。背肉、腹肉、各種皮、各種筋、各種内臓と、これらは部位と品質に応じて実に50品目以上の規格に分けられ、骨は砕かれ優秀な肥料に、煮出した脂もかつては活用されていた。

 鯨はどの部分を食っても旨い。生でも焼いても煮ても揚げても旨い。硬いところ、やわらかいところ、脂のあるところ、ないところ、全てに野生の滋味がある。しかも獣肉でありながら、その脂は魚と同じ不飽和脂肪酸、すなわち究極のオメガ3。加えて天然の健全な肉はアレルギーフリー。そして、疲れにくい体をつくる最強の物質「バレニン」を多く含んでいる。舌も体も感動に震えるスーパーフード。毎日食っても飽きない永遠の海の肉、それが天がわれわれにもたらした鯨という存在。その恩恵にめまいがするほどだ。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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