魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2021年7月9日
Column #055

海の野生が呼び覚ます喜び

鹿児島県の奄美大島近海でジャンプするザトウクジラ

前回、「鯨は実に旨(うま)い」と申し上げた手前、その味に迫らぬわけにもいくまい。捕鯨船団は鯨を探し捕獲するキャッチャーボート数隻と、捕れた鯨を解体・冷凍する母船で構成するが、この母船でつくられる冷凍製品は約50品目。列挙してみようか。

背肉、腹肉、尾肉、巻き肉、脂すのこ、鹿の子、畝(うね)、畝須(うねす)、すのこ、すじ、板すじ。これらの肉はさらに質に応じて何段階かに分かれる。内臓では舌、肺、心臓、肝臓、膵臓(すいぞう)、腎臓、食道、胃、小腸、大腸、脳。そして皮の種類も多く、本皮、背山皮、腹山皮、尾羽、手羽、脳皮、はし皮、潮吹き、びり、と続く。これだけ呼び分けているということは、それだけ味を知り使い分けているということだ。称してこれを文化という。

今、わたくしのまぶたの裏にはこれら切り出される部位の姿が浮かび、その味わいがありありと舌に蘇(よみがえ)る。鯨はかように深い魅力に満ちた大切な食用生物であることを覚えておいていただきたい。

昔、学校給食で四角く切った鯨の竜田揚げが頻繁に出てきて、ずいぶん硬かった記憶があるが、それは昔の大型鯨の低級品を使っていたからで、今の鯨の肉はどこを食ってもやわらかい。他の陸上畜肉のような特有の獣臭もなく、新鮮ならば全て刺し身でも食べられるし、冷解凍しても味に遜色ない。脂は全てサラサラの不飽和脂肪酸。獣にして魚の特性を併せ持つ。

巨体を躍動させる張り詰めた筋肉は部位ごとに歯触りや風味や味が違うだけでなく、〝嚙むほどに湧き出る〟という言葉がピタリとはまる。嚙み進むに従い、自分の中の〝野生〟が目を覚まし、活力がみなぎってくる。これこそがいわゆるジビエの真骨頂であって、飽食しなければ満足できない養殖された肉との最大の違いであろう。これを総じて野趣というが、体がこれほどに喜ぶ点において、人間本来の肉食の姿なのかもしれない。紙面が尽きた。あともう1回書こう。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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