刺し身(手前)などクジラ料理の数々
私は決して鯨類の専門家ではないが、クジラの味わいを語れば、話は止めどもなく湧き出してくる。赤肉の中でも脂の少ない背肉や腹肉のように肉味が強い部位に対し、やわらかく網目状の脂を乗せるのが「脂スノコ」と呼ばれる脇の肉と、腰肉にあたる「尾肉」である。脂が筋に沿って均一に乗るうえ、その脂は不飽和脂肪酸のDHAやらEPA。口にすれば体温でさらりと溶けて肉の旨味(うまみ)と融和する。
尾肉は希少部位なので滅多(めった)に口に入らぬが、実は裏技がある。これはクジラ捕りたちがよくやる手なのだが、赤肉の刺し身にスライスした本皮の脂身を重ねて食うのである。ニンニク醤油(じょうゆ)にタマネギの薄切りでも添えれば上等。噛(か)み進むほどに赤身の肉味に本皮の歯応えが混在して、絶妙なハーモニーを奏でる。そしてもう一つの手は、薄く短冊に切った本皮と同形に厚めに切った赤身を醤油とみりん少々、七味唐辛子で和えておく「紅白漬け」だ。水産庁勤務時代に同行した調査捕鯨の漁期が終わり、南極海からの帰り航海に差しかかると、たっぷりこれを作り置き、1カ月のおかずにするのである。和えたても旨いが、日がたつにつれ皮の脂が全体にしっとりとなじみ、混然一体となった逸品に仕上がるのが楽しみでしょうがない。
クジラの皮は、熱すれば溶けてなくなるのではなく、頑丈なコラーゲン質に脂が取り込まれるので、噛めばザクリと歯応えがある。この真骨頂を味わえるのが「クジラベーコン」だろう。ヒゲクジラの喉の皮を塩漬けにし、これを水から入れて沸かしてやわらかく炊き、表皮をはがして冷ませば出来上がり。冷凍しておけば1年中、噛むほどに染み出る肉の味と甘い脂の香りを楽しめる。肉は焼き肉、ステーキ、刺し身や鮨、湯引きなども大変結構。わずかな脂身や内臓の端切れでさえ、たっぷりの水菜と鍋に仕立てれば伝統の「はりはり鍋」だ。いやはやクジラはものすごい。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。