岩手・宮古のタラ刺し
このコラムで以前、マダラの肉を味わうならば、生殖巣に栄養をとられていない夏であることなど申し述べた。とはいえ、雪がちらつき寒さが身に染みる頃になると、やはり熱い鍋の中でゆらゆらと煮えゆくタラの身や白子の景色、脇に添えた熱燗(あつかん)の佇(たたず)まい、その立ちのぼる匂いがありありと思い浮かぶ。心身ともにこれを渇望する季節の風物。されば食わねばなるまい、冬のタラ。
タラは茨城から能登以北、太平洋と日本海の深みに棲(す)む魚だが、春の産卵期にかけて比較的浅場に群れ集い、手当たり次第に餌を食い、ひたすら肝と卵と白子を肥やしていく。今回おいでなすったのは、岩手県の宮古。三陸の辺境ながら冬はタラ漁に沸き、固有の食文化をもつタラの王国。中でも延縄(はえなわ)船の宝来丸は釣り上げたタラを活〆(いけじめ)するので、都会に送って3日目でも色艶良く、肉もピンピンしていてうれしくなる。
新鮮な魚はまず刺し身で、といきがちだが、ご存じアニサキスという寄生虫が生きて人間の胃に入ると、出ようとして胃壁に食い込み七転八倒することになるのが定説。しかし、宮古人は伝統的に刺し身で食う。なぜ食えるのか。それは、アニサキスの所在を熟知しているからなのだ。タラ刺しにするのは鮮度が良い背中の肉のみで、腹側の肉は使わない。皮を引き厚めに切りつけた身には、ワサビではなくカラシ酢醬油(じょうゆ)が合うことを覚えておいてほしい。豊満な質感と裏腹に淡い味わいがフワリと消えてまた箸が伸びる。
ならば次は鍋といこう。ジャガイモ、タマネギ、キャベツの御三家を入れて味噌(みそ)仕立て。タラの身はコロンと厚めに切るのがよろしい。煮ながら食べ進み、残った汁にはショウガとニンニクひとかけをすり入れる。そして、太めの中華麺を茹(ゆ)でて冷水で締めて入れる。最後の仕上げは、少し取り置いた白子を、漉(こ)して溶き入れるのだ。濃厚豚骨が裸足(はだし)で逃げ出す無添加天然の濃厚をご賞味あれ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。