アジを釣り上げた筆者
“災害的猛暑”という言葉が漏れ出るほどに、今夏の気温は破壊的。うっかり神奈川県の卸売市場の休みを忘れて、動画撮影スタッフを招集してしまい、魚がおらずじゃハナシにならん。買えんならば釣ろうじゃないかと、地元、金沢八景の「弁天屋」に飛び込んだ。ここは旨(うま)いアジを釣らせてくれる名手船頭がいる古い釣り宿だ。
この地には、天然の海岸線が壊されずに随所に残っている。陸の緑に海風がそよぎ、都会に近いが気持ちが良い。涼みがてら東京湾のアジくらいならハズレなしと、たかをくくって乗り込んだところ、甘く見たバチが当たった。3人がかりで20センチ余りのアジ4尾。呆然(ぼうぜん)と船から上がり、「今日は撮影中止!」と言おうとした矢先、「昨日、お客さんが釣ったタチウオ持ってく?」という天の声が。魚がそこにある限り、やらねばならぬ、食わねばならぬがサカナ道。なればいざ。
ピカピカのタチウオは細いのが数本、中くらいのが2本。この魚はサイズによって味わいが変わるので料理も変わる。肛門の前後で切り分け全て三枚におろし、細いのは酢締めにして炒(い)りゴマを振る。他方、塩を振って炙(あぶ)り、ネギ、ショウガ、大葉、ミョウガ、カイワレで和(あ)えてスダチを絞る薬味なます。もうひとつは春巻きの皮で大葉と包んで揚げるとしよう。残りは片栗をまぶし油で焼いて、ミリン醤油(じょうゆ)を絡ませたやつを、飯に乗せてざっくり崩す照り焼き飯に。
そしてアジ。貴重だから分かち合いたい。アジの身に薬味と味噌(みそ)を加え、粗みじんに刻んだら椀(わん)の氷水に溶かし込む、これが「水なます」。生アジの冷たい味噌汁だ。氷が打ち合う音も相まって、冷たいアジの旨味と香りが喉を駆け下りていく心地よさは、料理を終えた一服の涼。振り返れば窮地を救ってくれたのは船宿の女将(おかみ)さんであった。ないものはないが、あるものはある。ここはいつだって、土地の風情人情が古き良き時代を思い出させてくれる。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。