遡上するサケを獲ることは自然の摂理に合っている
サケの味わいといえば、それぞれの地域でそれぞれの愛着を具現化した料理が数々存在する。日常の「ケ」もあれば、特別な非日常の「ハレ」のものもあり、しかもその境界が混在している様を見ていると、こういう形こそ文化といえるのだなと感慨深い。
文化の深さでいえば、深淵(しんえん)は新潟に在する村上地方、特に三面(みおもて)川の流域にかなうものはなかろう。サケは産卵のために川を遡(さかのぼ)るため、海でしっかり栄養をためて、川で使い果たす。なので昨今は、川に入る前、味も脂(あぶら)もよいうちに獲(と)ってしまう“沖獲り”が主流だが、村上では古来、川に入ってくるのを待って賞味する習慣に徹していた。これは自然界の摂理からすれば合理であり、なんと当時の行政(藩)が、これを守ってきたのである。よい川水を維持するために流域の森林の伐採を厳しく制し、サケが産卵しやすいように小さな支流を人工的につくりこれを「種川」というのだからおそれいる。
村上のサケ料理の数たるやおよそ50種。まさに鼻の先から尻尾まで、恵みの命をくまなくいただく精神に満ちている。地域発祥で全国に知られる料理として、ひとつは「サケとば」。サケを三枚におろし、皮ごと細く切り、塩水に漬け硬く干しあげた伝統の保存食は、呑(の)み助の垂涎(すいぜん)の的として生きている。
そしてなんといっても「ちゃんちゃん焼き」。今や秋になると、どこのスーパーでも推奨するサケの国民食に発展したが、おいしく作るにはちょいとコツがある。三枚におろした身は皮ごとできるだけ大きく切り分ける。油を強火で熱し、身側を白くなるまで焼き、返して皮側をキツネ色まで焼き、再び返し、そこに切ったキャベツをメインに野菜をたっぷりかぶせてサケを蒸すのだ。蓋はしない。上に刻みネギと味噌(みそ)同量をみりん少々で溶いたタレを適宜のせ、サケが半焼けになったところから各自チャッチャと炒め合わせて口に運ぶのが至福の野趣なのだ。
ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。