魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2022年12月16日
Column #072

誰が呼んだかミリヨウギョ勝手に決めてくれるなよ

ハワイではご馳走だが、日本では未利用魚と呼ばれるシイラ

とかく人間は勝手な生き物だ。デカい頭でいろんな妄想、判断をし、それを価値観などと生意気なことを言う。その陰に泣いている魚たちがいるのをご存じだろうか。アジ、サバ、イワシ、タイ、マグロのようにわかりやすい魚に対し、ちょっと都合の悪い魚たちを「未利用魚」とか「低利用魚」と呼んで廃棄もしくは二束三文で扱うのはいかがなものか。

とはいえ理由はなくもない。肉に毒があるのは論外として、食べればおいしいと言ったとて、①ヒレの棘(とげ)に刺されると痛む毒があるもの②骨頭が大きく肉があまりとれないもの③肉に特有の香りがあり馴染(なじ)みにくいもの④小さくて調理に手間がかかるもの⑤通常の魚のイメージから遠い姿のもの⑥獲(と)っても市場の値段が安いもの…など、人間の言い分はこんなところだ。棘については気をつけなければいけないが、後は、怠けるな、勝手なこと言うな、勉強して食え、臭みと香りは紙一重だ、といった魚の声が聞こえてきそうではないか。

加えて、ある地域では敬遠される魚が別の地域ではむしろ大切にされている場合もある。たとえば僕は、シイラという魚を獲る漁船に乗っていたがゆえに学費も出せたし、体作りもできたわけだが、鮮度落ちの早さと外見によって極めて安価なこの魚は、ハワイではマヒマヒと呼び、おいしい魚の筆頭だし、沖縄、四国、山陰などではよく賞味されている。こうした事実を追究していくと、魚には貴賤(きせん)がなく、「魚を味わう」とは、その個性を愛(め)でることに他ならないという真実が見えてくる。

世は「魚離れ」。業界ではそれを嘆き、アジとサバの区別がつかない主婦がいると誇張されることもある。ところが、コロナ期間中に自宅待機を余儀なくされた家で、自ら魚料理に挑戦し楽しむ時間を作ったのも一家の母であった。とかく人間はめんどくさいが、魚は素直に生きている。魚も母も、その実力をナメちゃあいけないね。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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