魚の国 宝の国 SAKANA & JAPAN PROJECT

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ウエカツ流サカナ道一直線

2023年3月17日
Column #075

ひと切れの刺し身が語るのは魚への愛

ひと切れの刺し身はその魚の扱われ方をも物語る

わたしたちが魚の肉を味わうとき、締め方=殺し方によってその味に差が出るのはどういうわけか。魚の締め方には大きく分けて2通りある。ひとつは海水にたくさんの氷を入れ、そこに生きた魚を投じて殺す「野締め」。そしてもうひとつは、生きた魚を手鉤(てかぎ)や刃物で素早く殺す「活け締め」だ。野締めは魚が凍えながら死んでゆくのに対し、活け締めは一瞬で殺すので、魚は苦しみ少なく絶命する。最近よく聞く「神経締め」とは、神経の破壊を伴う活け締めのことだ。

肉のうま味の原料は、筋肉を動かすために蓄えられたエネルギー物質。なので、魚が暴れたり苦しんで死んだりすると原料は疲労物質に変わり、うま味はそのぶん減ることになる。そうならないために魚の脳を壊して動きを止め、次に脳死状態にある魚の血管を切って時間の経過や空気との接触によって生臭みに変わる血液を出し、最後に、神経から筋肉への指令を断つために、背骨の上に通る神経を針金などで壊す。この3段階に加え、そもそも締める前の魚が疲れていてはいけないので、獲ってきた魚を静かに生かして休ませる。締めたあとは、肉の保存がいいように適度に冷やすが、冷やし過ぎてもいけない。

この全5工程を体系的な技術として完成させ、伝承してきたのが、前回お話しした兵庫の明石であり、その技術は漁師が獲ってきた魚の持つ本当の価値、すなわち旨(うま)さと保存性を最大に高めるための英知なのであった。世に聞こえる“明石のタイ”はダテじゃない。結果として切り出される刺し身のひと切れは、いわばその魚の履歴書。その魚がどのように育ち、獲られ、扱われ、締められて今ここに在るのかを物語る。白濁しない身の透明感は、疲れぬよう苦しまぬようにと扱った者の愛の証し。しっとり弾む食感は、まだ命が宿っている驚き。滑らかな断面と優しい甘みの余韻は、その魚の本当の力。自ら神経締めを世に伝え歩いて20余年。願わくば奪った魚たちの命が人間の血肉となり、昇華することを祈っている。

上田 勝彦氏
うえだ・かつひこ

ウエカツ水産代表。昭和39年生まれ、島根県出雲市出身。長崎大水産学部卒。大学を休学して漁師に。平成3年、水産庁入庁。27年に退職。「魚の伝道師」として料理とトークを通じて魚食の復興に取り組む。

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